こんばんにちは! まったり読み人ダイナレイです!
小説はだれでも書けるよ!っていうことを伝えたくてはじめたブログですが、このところ物語力のお話ばかりしていたので、バランスよく国語力のお話もしていきたいと思います。
国語力というのは小説を書く書かないに関係なく、生きていく上で必要な力ですよね。
コミュニケーションの土台だってまずは国語力です。
そして、何より小説家をめざすあなたが一番不安に思うのが、自分の国語力の有無であると思います。
それというのも、小説家にまず必要なのは、誰が読んでも正確に情報が伝わる、わかりやすい文章を書く技術です。誤読が少ない文章ですね。
(中には、「いや、小説はことばの芸術だから、まったく別次元」と考える向きもありますが、人に何かを伝える文章が、わかりやすくないのはそもそも問題があるってことにいい加減に気づいていいと思います。)
これって、国語のテストの点数では測れない技術です。
技術というからには、学習と伝達が可能です。
なのに、そもそも授業で取り扱うことが少ないです。
教えてもらってない上、テストの点数にも反映されないので、自分がどれくらい文章力を持っているのかもわかりません。
物差しすらないのですから、測りようがないですよね。
そこで、「わかりやすい文章を書く」上で必要な作文技術を学ぶといったら――
「日本語の作文技術」(本多勝一著)を読むしかない!
とダイナレイは天啓のようにひらめいたので、ご紹介したいと思います。
この本は正しく文章読本(国語の教科書)なのですよ。
中学校の国語の授業の副読本にしたいくらいです。
著者が新聞記者だったというのも大きなポイントです。
谷崎潤一郎や丸谷才一の文章読本を読むくらいなら、こっちを読んでください!
これ1冊読めば、主語の問題、修飾語の順番や助詞の使い方、句読点の打ち方などに悩まなくて済みますよ!
今回のトピックス
- 文章力向上には本多勝一著「日本語の作文技術」を読むべし!
- 「日本語の作文技術」で学べるのは実用的なわかりやすい文章だけではない!『最後まで読ませる技術』は圧巻!
文章力向上には本多勝一著「日本語の作文技術」を読むべし!
日本語の作文技術についての本は、新書や実用書で日々出版されていますので、いざ勉強しようと思っても、「いったいどの本を読んだらいいんだろう?」となりますよね。
ご安心ください。
このテーマに関しては、不動の1冊があります。
新聞記者にして作家、本多勝一(ほんだ・かついち)のタイトルもそのものズバリ「日本語の作文技術」(朝日文庫・1982)です。
ダイナレイの手元にあるのは2009年発行第39刷なので、どれだけ読まれてるんだって話ですよ。
しかも単行本として出版されたのは1976年なので、半世紀近く読み継がれた大ロングセラーです。
さて、しがない主婦の証言だけでは心許ないでしょうから、もうお一方推薦人をお呼びしましょう。
ちゃんとした日本語を書こうと思ったら、まず、勉強に本多勝一氏の『日本語の作文技術』を読め。これが私の持論である。 京都大学教授 多田道太郎「日本語の作文技術」本多勝一著(朝日文庫・1982)解説より
京都大学の教授もこのようにおっしゃっています。
「日本語の作文技術」を読め。
ダイナレイもまったく同感です。これ以上のものはないです。
しかも文庫なので、場所を取らず、いつでも手元に置いて読み返せますし、何よりコスパ最強ですw
これ一冊マスターしたら、日本語マイスターですよ。
何はともあれ、この1冊だけは買って手元に置いて、何百回でも読んでほしいです。
この本こそあらゆる文章読本を読んできたダイナレイがおすすめする、THE 文章読本 №1です。
――とはいっても、疑い深いあなたはまだ購入をためらうかもしれませんねw
日本語を書く機会のある人間はすべからく「日本語の作文技術」を読むべし
とするその根拠を、以下に書いていきたいと思います。
「日本語の作文技術」で学べるのは実用的なわかりやすい文章だけではない!「最後まで読ませる技術」は圧巻!
「日本語の作文技術」の秀逸なところは、実際の出版物の文章を取り上げて、どこがどんな理由でダメなのか、どのように改善すればわかりやすい文章になるのか、逐一教えてくれるところです。
「修飾の順序」もため息が出るくらい「もっとはやく知りたかった!」解説なのですが、さらに「わかりやすい文章のために必要なテンの原則」は必読です。
たかがテン「、」されどテン「、」。
このテンが文章を生業とする者には、なかなかにクセモノなのです。
この「テン」を確信を持って打つことができると、プロに一歩近づいたことが実感できると思いますw
また、「助詞の使い方」の章では、「主語存在説」「主語否定説」「主語廃止論」などという刺激的なことばが飛び交いますw(助詞の章なのに)
これらの単語が意味するところは、日本語は述語を中核に据えた言語であり、主語は存在しないんだよ、ということです。
しかも、作文技術上で主語は不要なのだそうですよ……!
驚きを通り越して、日本の国語教育はどうなってんだー!って、これを知った当時のダイナレイは激おこぷんぷん丸だったのは言うまでもありません……
詳しくは、ぜひ本書を手に取ってください。
何の分野でもそうですが、資本主義型管理社会での教育は、少数の専門家と多数の非専門家とに強引に選別するのが目的ですから、ほんとうは誰でもやればできる技術さえ教えないでおいて、糞の役にも立たぬことを選別が目的で義務教育の授業に加えます。テンの打ち方もろくに教えない日本語の授業と、生涯使うことのない人が多いイギリス語などではコンマの打ち方を精密に教える授業。(中略)これらは植民地における教育の基本と全く共通しています。そのような意味で、技術は私たち自身のものとして「専門家」どもからとりかえすべきだ。刀の使い方を習う階層を武士だけに限っておいてはいけない。「書く」という技術も、全く同様であります。 「日本語の作文技術」本多勝一(朝日文庫・1982)
「日本語の作文技術」というタイトルの本で、作文技術の「次」の段階については、まったく書く必要はないです。本来は。
けれども、先人とは異なった視点で書けることがあるので、「次」が書かれました。
文章の中身をもっとも理想的に読者に届けるにはどうすればよいか?
本多先生は問います。
答えは簡単。
最後まで読ませる。
そりゃそうですよね。
何はともあれ、最後まで読んでもらえなければお話になりません。
というわけで、「最後まで読ませる技術」として、いかに読者を最後まで引っ張っていくか、書き出しの技法などについて書かれています。
もちろんこの章でも出版物の文章を引き合いに解説されています。
ダイナレイはここに、小説でいかにリアリティを出すかの神髄が散りばめられているなぁと思いました。
本多先生は記者出身ですから、ルポライターとしての視点で書かれています。
この視点がね、小説を書く時にも役に立つんですよ。
小説を書くための技術は扱わないと冒頭で宣言されていますが、めっちゃ小説書くのに役立ちます。
まさにミラクルな1冊です。
まとめ
「日本語の作文技術」に書かれているのは基本的に実用的な文章の作文技術です。
ですが、今の時代、本多先生が主張するほどには実用的な文章と小説の文章にそれほど大きな隔たりがあるとは思えません。(時代の推移ですね)
確かに、純文学における文学的な文章(芥川賞作品の文章)は悪文の宝庫ですが(失礼!)……だからといって小説家がわかりやすい文章を書けないワケではないのです。
むしろわかりやすく書けないと、悪文にしたときに読者に伝わる文章が書けなくなってしまいます。
その意味で、わかりやすい文章を書けることは必須です。
特に、エンターテインメント小説(大衆小説)やライトノベルの分野は、あまりにも文学的な文章を書き連ねると読者からマイナス評価される傾向にありますので、注意が必要です。
現代人は忙しすぎて疲れているので、息抜きの読書ではなるべく労力をかけたくないと思っています。
読者に余計な負担を強いない文章が好まれることは肝に銘じた方がいいです。
まずはわかりやすい文章をめざしてトレーニングしていきましょう!
そのためにもぜひ、「日本語の作文技術」は座右の書として手に入れてください。
そして、本当の日本語を知ってください。
最後までお読みくださりありがとうございました~!
ダイナレイ